CIOブログ

平成最後の年末

第41代米大統領を務めたジョージ・H・W・ブッシュ氏が94歳で亡くなられました。実は私この方にお会いしたことがあります。いや、正確に言うと遊説を直接聞いただけです。クリントン元大統領に敗れた1992年の選挙戦のため、私がいた大学に遊説にこられました。数日違いでクリントン氏も来られましたので歴代両元大統領を直接見たことは話のネタです。その時配られていたグッズはどちらも星条旗をデザインしたバッチでしたが、青と赤の色使いが全く逆でした。

私は1990年から2年間だけですがカリフォルニア州サンノゼある大学SJSUに留学していました。と言えば聞こえは良いのですが、諸事情により日本を離れておりました。別に罪を犯したわけではありせんが、恥ずかしいので理由は聞かないでください。照れ隠しで「国外逃亡」と言っています。

サンノゼといえば、いわゆるシリコンバレーのメッカです。渡米した時は28歳。多少なりともIT業界に関わっていましたので、当時名を馳せた有名企業がたくさんあり興奮したことが記憶に残ります。残念ながら英語がろくすっぽできないまま国外逃亡したものですからアメリカ暮らしはそう甘くはありませんでした。

七転八倒な2年間でしたが幸いにも寮生活では友達に恵まれました。同僚は18歳の男子で、たまたま同僚が英語を喋らない人。彼にとって私は衝撃的な存在だったと思います。親元をはなれた大学生活は期待と不安で友達に飢えています。そのせいか打ち解けるものさほど時間は必要ありませんでした。同僚からの広がりで自然とグループができ、彼らより10歳も年上な異国人でしたが皆と行動を共にさせてもらっていました。その中の数人とは現在も親交があります。で、勉強は?一応コンピュータサイエンスです。

褒められない事情で渡米したこともあり、日本に戻ってもあまりそれにふれていませんでした。10年後現在の会社にお世話になることになるのですが、入社後ほどなくして同じ中途入社の女性と出張の帰り、関西空港に向かう列車に迷った外国人女性に尋ねられました。同期入社の彼女は片言ではありましたが英語で説明していました。というのも大阪から関西空港に向かう列車は途中で車両が代わる場合があり日本人でも難しく、他国の人が迷うのも無理もありません。もちろん当時スマホなんかはありません。困った女性に彼女は一生懸命かつ丁寧に説明していました。とても微笑ましく、この人は本当に優しく几帳面な人だなと黙って見ていました。転職した会社の空気感もわからない中、それを共有できる唯一が同期入社です。さきの大学に入った人たちの心情と同じで、一生懸命説明している姿にある意味転職の緊張をほぐしてもらいました。ところが数日後、私の留学経験がばれてしっかり怒られてしまいました。なぜ助けてくれなかったのかと。正しく情報は伝わっていましたし、もっと言えば日本人の優しさも伝わっていました。帰国後すっかり忘れてしまった私の英語なんか必要ありませんでしたのに。

今、多くの外国人が日本を訪れてくれています。ありがたい限りです。反対意見もあるでしょうが、多くの国の人と接する機会が多いことは日本にとって良いことだと私は信じています。そして日本人としてのアイデンティティを大切にすれば良いと思います。世界に誇る平和憲法もその一つです。

いよいよ平成最後の年末です。多くの昭和生まれの人にとって来年、昭和、平成、新元号と3つを経験することになります。大正生まれの人であれば4つの元号。ミレニアムな時代です。平成の30年間を振り返ると、IT業界は本当に激動でした。今後はより高度なITが社会に影響を与えると考えられています。

変わり行くこれからの日本。来年、新天皇に皇太子さまが即位されます。世界との関わりの中、日本の皇室の外交は政府と違った点に重点を置いているそうです[1]。私ごときが推測するのは憚られますが、とても重要で多忙なことも譲位への強い思いなのでしょうか。比べるにはあまりにも違いすぎて恐縮ですが私も皇太子さまと同年代の一人です。そういえばオバマ前大統領も同年代です。まだまだもっと多くの事を学ばなければならないと感じさせられます。ちなみに新元号のイニシャルは何になるのでしょうね。これには難しい問題もあるようですが推測するのも楽しそうなので、私はWに賭けてみます。

ここしばらく少々忙しく、今回はITネタにまとめられませんでした。よくある思い出話の余談ですみません。閑話休題、次回からはちゃんとITネタを仕込んでおきます。皆様にとって今年はどのようなお年でしたか?昨年はラニーニャ、今年はエルニーニョです。暖冬ですが寒暖差にご注意いただき良いお年をお迎えください。今年も拙いブログにお付き合いいただきありがとうございます。

[1] 知られざる皇室外交